2009年4月23日木曜日

愛するモノとの別れ

本日、相棒と別れました……

共にあちらこちらと旅に出て、ちょっとした重たい荷物ですぐ足下がふらついたりと、ヤワなところもあったヤツですが、こころから愛して止まない、自転車でした。

思えば、前のマウンテンバイクからこの自転車に乗り換えたのは約4年前。
それ以降、電車代の節約兼トレーニングのための大学通学をはじめ、天気が良くて目的地が山手圏内くらいの距離なら極力自転車で行ったし、マクドナルドや個人指導塾、クロネコヤマトなどのバイトにも愛車をかっ飛ばして行っていました。
こいつに乗って出かけた旅をざっと思い出してみれば、、、
・荒川を水源の秩父湖から東京湾までツーリング
・大学から東京湾と帝釈天ツーリング
・大学から明治通り一周ツーリング
・大学から銚子までツーリング
・トトロの森へ行ってみようかツーリング
・長野市の友人邸から八ヶ岳の美濃戸口までツーリング
・自宅から浜松の友人邸を訪ねるツーリング
・5年生夏の北海道横断ツーリング
・ワンゲルの同期3人で行った卒業旅行、ニュージーランド縦断ツーリング etc...
ツェルトに寝袋、食糧と本とカメラをうしろに積み込み、登りは時速8km下りは時速60km、越えた峠は両手に余り、折れたスポーク、パンクしたタイヤは数知れず。ぼくの持つ20万分の1地勢図には、歩いた山道の破線に対し、これまでに自転車で走ったルートが赤い実線で、東京から放射状にあらゆる方向に伸びています。
平均時速25kmで走った富士スピードウェイは、あいだわずか5分の休憩のみで、太股が攣ったのを手で持ち上げながらなんとか150kmを規定の6時間でクリア。それが大会の規定上、最後の一周は足切りされて、一周を残して完走ならずと思い込んでゴール直後に勘違いの悔し涙がこぼれたのも、いまとなっては良き思い出です。

雨の日はずぶ濡れになり、風の日はフラフラし、NZでは日差しが強すぎて腕がすり剥けるまで日焼けして、それでもじぶんの足だけを原動力とするこの乗り物が楽しくて楽しくて。
ペダルをまわし続けるうちにだんだんあたまのなかがカラッポになってきたら、眼と耳に最低限の注意力だけを残して、あとは自由な想像の世界に没頭しているだけ。あたまのなかの小人が、順調に回転する足のメーターや特に注意をはらう必要もない周囲の状況を監視し、ぼくの脳内ディスプレイには通り過ぎたキレイな教会とか、青々とした苗が植わった春の田んぼとか、ただひたすらに打ち寄せては砕け散る海の波だとか、あるいは好きな女の子の後ろ姿とか、いまごろ懸命に働いているであろうバイト先の同僚とかが浮かんでは消えてゆく。そうなればしめたもの。どこまでだって走れる気がするんです。

そうやって今日までの4年弱で積み重ねた距離、7300.2km。
一年平均になおすとだいたい2000kmを少し下回るくらいだから、ちょうど毎年、東京~福岡間を往復した(ちょっと足りない?)ような感じかな?こうやって考えると、ずいぶんと行動を共にしたわけです。

譲った相手は、3月でめでたく定年を迎えられた学校の先生。母の仕事場で中古の自転車を買いたい人がいないか当たってみてもらったところ、引退もしたことだし、以前からサイクリングをしてみたかったのだと申し出てくれたので、これまでぼくが使っていた小物装備もセットにして、すべて手放したのでした。
なにせ一年間も誰も乗らないでただ置いとかれるだけよりも、自転車を始めたいけど初期投資も高いしなかなか始められないって人に譲ったほうが、資源の有効活用にもなりますもんね。

鮮やかな赤と白が印象的だった、FUJI Newest3.0。

新しい持ち主のところでも、大切に使われるといいな。
そして、あたらしく持ち主になったひとも、そいつとたくさん思い出をつくってくれるといいな。


いままでのありがとうと、さようなら。


1 件のコメント:

  1. 光則君、いろいろ見たよ。元気そうでなにより。この間の地震は大丈夫だったですか?私、ゴルフも登山も仲間が老齢や病で
    リタイヤーして、目下単独で低山を楽しんでいます。それなりに、いろいろのコースを楽しめます。お元気で!!
    元気な祖父より。

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